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| 写真提供 高橋屋観山荘 |
| 資料提供 慶應義塾大学 |
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四日市 日永村追分・参宮道 隷書東海道(弘化刊) |
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四日市宿西はずれの日永で、東海道と伊勢神宮に向かう参宮道(伊勢道)は分岐している。ここを日永追分という。中央の大きな鳥居から先が参宮道で、左右に茶店が並んでいる。各道中記に、ここの名物が饅頭であることが書かれている。左右の看板は「名物饅頭」である。右側の茶店には、大口を開いてぱくついている姿が見える。桜の花が満開で、旅をするのに最もよい季節である。この鳥居から伊勢山田まで、十六里(六四キロメートル)である。桑名から伊勢国で、街道にはお伊勢様の参拝客が目立って多くなる。鳥居の下に子どもが三人いる。江戸時代を通して、何十年に一度は伊勢詣りのブームが起こり、沢山の人々が伊勢へと向かった。この子どもたちは、伊勢へ伊勢へと親元や奉行先から、着のみ着のまま飛び出してきた抜け詣りである。柄杓をもち、背中にむしろを背負う格好は彼らのティピカルな姿である。この柄杓があれば、道中はなんとかなったようだ(第13図解説参照)。人々からの施しを柄杓で受け、旅を続けていくのである。ブームの時には、参宮道に入れば、泊まりも食事も、物持ちや街道の庶民が世話してくれたという。親は見ぬふりをしてたびだたせたともいうが、話だけであろう。当時の少年のかどわかしもあったという。
鳥居の手前には首に御幣をつけた犬がいる。犬の伊勢参りである。広重の「伊勢参宮宮川の渡し」には、大勢の人に混じり同様の白い犬の姿が描かれている。阿波徳島で飼われていた犬が、一人で参詣したという話がある。犬に声をかけている男女もいるが、これも伊勢詣りであろう。右側の茶店の前には従者に振り分け荷物をもたせた武士がいる。このあたりは一日中賑やかなところであったろう。茶屋女の呼び声が聞こえてくるようだ。 文献:慶應義塾大学 三田情報センター 文献シリーズ22≪広重 東海道 錦絵を読む≫ |
| ※ お断り 広重は生涯で出世作「保永堂版・東海道五十三次」のほかに20種類以上の東海道錦絵を描き続けたとされています。(文献 はしがきより) そのため、絵皿の風景と宿場の解説が一致していないものもございます。 ご承知おき下さい。 |
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