写真提供  高橋屋観山荘
                                         資料提供  慶應義塾大学

−43−
桑名 富田立場之図
狂歌入東海道(天保後期刊)



 “桑名の焼蛤”として知られているが、実際には西はずれの小向や立場の富田(東富田)に並んだ茶屋で、名物として売られていた。富田の立場に並ぶ茶屋の賑わいが描かれている。各店には「名物焼はまぐり」の看板がかかっている。どの店先でも蛤を焼いている姿が見える。現在でも江の島に行くと、茶店の店先で栄螺の壷焼きをつくり、よい香りで客をひきつけているのが見られるが、これと同様であろう。手前の茶屋には縁台に、駕籠かき二人が休んでいる。茶屋に座っているのが、今乗せてきた客であろう。駕籠かきの背後にかかる名札は「京橋仙女香」で、広重の東海道錦絵シリーズには度々描かれる、おしろいの広告である。『東海道名所図会(秋里籬島編 寛政九−一七九七−刊)』には「名物焼蛤 東富田・おぶけ両所の茶店に火鉢を軒端へ出だし、松毬にて蛤を焙り、旅客を饗す。桑名の焼蛤とはこれなり」「四日市・桑名のあひだ富田・おぶけの焼蛤は名物にして、ゆききの人もここに憩ふて酒を勧めこれを賞玩す」と書かれている。この説明通り、松ぼっくりで蛤を焼いている。この蛤は味がよいので評判であったようだ。形もよく、貝合わせの貝としてもよいという。桑名の名物にはこの他に時雨蛤や白魚もある。初冬の頃美味なる故に名付けた時雨蛤は溜豆油にて作るという。中央の茶店では、待ちかねた気の短い男が、焼き立ての蛤をもらおうとしているところであろうか。右側には門があり、二人の旅人が入ろうとしている。中は庭があり、座敷がありそうに見える。手前には職人風の男達が駕籠を下りたようだが、屋根だけが見えるこの建物も焼蛤を商う茶屋であろう。中央やや下に書かれる狂歌は「乗り合いのちいが雀のはなしには、やき蛤も舌をかくせり 楳の門鬼丸」。


文献:慶應義塾大学 三田情報センター 文献シリーズ22≪広重 東海道 錦絵を読む≫
  ※ お断り
 広重は生涯で出世作「保永堂版・東海道五十三次」のほかに20種類以上の東海道錦絵を描き続けたとされています。(文献 はしがきより)
 そのため、絵皿の風景と宿場の解説が一致していないものもございます。
 ご承知おき下さい。


※著作権により、複写・転載等を禁じます。



ホーム



株式会社 宮原新聞舗
〒955-0861新潟県三条市北新保1-12-14
TEL.0256-33-1187
FAX.0256-34-5715
MAILmiyahara@yc-sanjo.com