写真提供  高橋屋観山荘
                                         資料提供  慶應義塾大学

−40−
池鯉鮒
隷書東海道(弘化刊)



 宿場はずれの風景であろう。人足六人が三個の大荷物を運んでいる。広重の東海道の錦絵は江戸から京・大阪方面に向かって画面が配置されているので、いずれも左方が進行方向である。日の丸の扇・笠形の飾りものが各荷物に付けられている。本書はモノクロであるので、よくわからないが、赤の多い色彩のきれいな飾りである。バックに遠景が描かれてはいるが、何か立体感がなく偏平な構図で、歌舞伎などの舞台を見ているようである。「狂歌入東海道」御油と「竪絵東海道」庄野にも同じ荷物が描かれているが、東方(江戸方面)に向かって運ばれており、この絵とは進路が逆である。御油は荷物と飾りは同様であるが、前後の飾りが逆である。藤川にて述べた、広重が絵師として加わった八朔の馬の献上行列のうち、献上馬の次に続く献上の品々が入った荷であるような気もする。八朔の馬と考えられる行列は「竪絵東海道」吉田や「狂歌入東海道」池鯉鮒にも描かれているが、いづれも御幣を付けた馬だけで、次に続く列が見えない。御所に差し上げる品々は馬だけとも思われない。同じ行列で、他の献上の品々も運ばれていたはずである。しかしながら、同じ行列が西上するものと東下するものとの両様があるのもおかしいし、前後に行列が見えないので、八朔の馬とは別個の荷にみえる。富士浅間社への神饌という見方もあるが、付添いの神主がいないし、人足が裸でいるのもおかしい。花嫁の御輿入れの荷物にも見えるが、人足だけで?(木偏に「上」と「下」:かし)を着けた正装の男がいないのもおかしい。この絵は街道風景としてよく使われる絵であるが、この行列が如何なるものか全くわからない。色彩がきれいなので、祝いのものであることは想像できる。説明が付けられていないところをみると、当時の人は誰でもわかっていたらしい。八朔の馬にしても、広重の伝記資料に記載されているために、始めてそれらしいことがわかるのである。


文献:慶應義塾大学 三田情報センター 文献シリーズ22≪広重 東海道 錦絵を読む≫
  ※ お断り
 広重は生涯で出世作「保永堂版・東海道五十三次」のほかに20種類以上の東海道錦絵を描き続けたとされています。(文献 はしがきより)
 そのため、絵皿の風景と宿場の解説が一致していないものもございます。
 ご承知おき下さい。


※著作権により、複写・転載等を禁じます。



ホーム



株式会社 宮原新聞舗
〒955-0861新潟県三条市北新保1-12-14
TEL.0256-33-1187
FAX.0256-34-5715
MAILmiyahara@yc-sanjo.com