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| 写真提供 高橋屋観山荘 |
| 資料提供 慶應義塾大学 |
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御油 旅人留女 保永堂版(天保三・四年頃刊) |
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宿場町の夕暮れ時はあわただしい。ここ御油は本坂越え(姫街道)との合流地で、しかも隣宿の赤坂との間が一、七キロメートルとあまりに近すぎたために、客の取り合いで、騒がしいところであった。実に、凄じい光景である。顔を真っ白に塗りたぐった女二人が、がむしゃらに旅人をとらえ、離すものかと一心に押さえている。毎日こんなことをしているせいか、二人とも肩の筋肉が盛り上がり、いかにも逞しい。前にいる男はまことにだらしない。首をしめられ、もはや逃げるすべもない。後ろの笠をかぶった男は必死にもがいているが、はてさて旨く逃れることができるだろうか。当時の規制では暮れ六ツ(夕方六時)迄に旅籠に泊まらなければならなかった。客引きに「ここらで泊まらないと日が暮れてしまいます。」といわれれば、先の不安が起きて、その宿に泊まるのが旅慣れないものの常であった。右側の旅籠の中にはすでに客が入り、ばあさんのもってきた盥の水で足を洗っている。この男も少し前に客引き女に引き込まれたのだろう。いかにも無表情な顔に見えるのは、あきらめの境地にいるせいかもしれない。
町並みをよくみると、この絵は近くを大きく遠くを小さく描く、遠近法が使われていることがわかる。連子格子の背の低い二階屋の続く典型的な宿場の家並みである。右の旅籠の内壁には、版元名(保永堂の姓)の「竹之内板」、その上に掛けられた表札からは、右から「東海道続絵」「彫工治郎兵ェ」「摺師平兵衛」「一立斎図」と、本シリーズ制作者一同が掲げられている。東海道シリーズの出版が半分を越え、版元一同手綱を閉め直そうという心意気を示しているのであろう。広重のもう一つの街道シリーズ『木曽街道』のうち、34「贄川」は舞台を見ているような凡庸な構図ではあるが、本図同様版元と制作者一同の名が書かれている。 文献:慶應義塾大学 三田情報センター 文献シリーズ22≪広重 東海道 錦絵を読む≫ |
| ※ お断り 広重は生涯で出世作「保永堂版・東海道五十三次」のほかに20種類以上の東海道錦絵を描き続けたとされています。(文献 はしがきより) そのため、絵皿の風景と宿場の解説が一致していないものもございます。 ご承知おき下さい。 |
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