写真提供  高橋屋観山荘
                                         資料提供  慶應義塾大学

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三島 朝霧
保永堂版(天保三・四年頃刊)



 街道は箱根芦ノ湖畔を通っているが、関所に向かう不安と無事通過できた興奮で、風景を賞でる余裕もなかったようだ。
 本図は箱根山の西麓にある三島宿の早朝の光景である。正面中央にある駕籠が山駕籠で、箱根の山道を越えるのに、都合よく作られている。底を丸くして広く編んでいるので、きつく揺すぶられても、客が足を痛めなかったともいう。前後の駕籠かきの担ぐ棒は丸竹で、屋根は網代に編まれていた。普通の宿駕籠に比べて丈夫にできているので、見たところ粗野ではあるが、箱根のような険しい道には適していた。東海道の他では使用されなかったという。駕籠の背後の馬とともに、右方向に歩んでいるので、これから箱根越えに向かうことがわかる。馬は戸塚宿でふれた乗掛である。二つの荷の上には、道中合羽を着た男が乗っている。このマント型の合羽は「坊主合羽」或いは「引き回し(関西)」と呼ばれていた。馬の前には、むしろを巻きつけた男と、二つの荷物を棒で突き通し、振り分けに担ぐ男が歩いている。日常使う荷物は出し入れしやすいように風呂敷に入れていたといわれている。箱根に向かう、この二人と馬や駕籠に乗る男は何れもうつむいているので、寂しい表情に見える。旅の孤独を描いたかのようにも思われるが、昔の人の姿勢の悪さがそのまま写実されているのかもしれない。
 右に見える鳥居は宿場の中央北側にある三島神社である。源頼朝の故事により、代々の武家に信仰が厚かった。右奥に広い境内がある。三島の町は富士山から流れ出る、清らかな湧水が多い。初冬に朝霧が多いのはそのためという。図版がモノクロであるので、よくわからないが、背後の町並みは朝霧で影絵のようにぼかされている。左には、後姿の寂しい三人の巡礼が沼津に向かっている。


文献:慶應義塾大学 三田情報センター 文献シリーズ22≪広重 東海道 錦絵を読む≫
  ※ お断り
 広重は生涯で出世作「保永堂版・東海道五十三次」のほかに20種類以上の東海道錦絵を描き続けたとされています。(文献 はしがきより)
 そのため、絵皿の風景と宿場の解説が一致していないものもございます。
 ご承知おき下さい。


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