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テニスに興味を持ったのは小学生の頃。学校のグラウンドで先生たちがテニスをやっているのを見て、おもしろそうだなぁ、自分もいつかやってみたいなぁと幼な心に思っていました。そんな思いをずっと温めていて実現したのが高校生になってから。部活で軟式庭球をやり始め、それからやはり、やみつきになりました(笑)。
高校卒業後に当時の三条市軟式庭球連盟に所属し、30代半ばまで現役を続けていましたが、その後現役を引退し、指導者に専念することにしました。 |
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日韓親善友好軟式庭球大会新潟県チームを代表して表彰される。 |
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指導者に専念することにしたのは、自分の限界を感じたから…。それだけではありません。全国で活躍できるような選手を育てたい。自分が果たせなかった夢をなんとか果たしたい、そう思ったからです。そして、ある人との出会いが私のその意欲に一層拍車をかけてくれました。当時、県軟式庭球連盟理事長だった新潟大学の先生との出会いがそれです。
「俺の右腕になって一緒に新潟県を日本一にしようや。」その言葉を聞いて震えました。本気になりました。その後は、全国制覇した選手や監督その学校を視察し、勉強を重ねました。また、85年には県内の高校生、一般、シニア総勢60人を連れて韓国遠征し、日韓親善友好軟式庭球大会を開催するなど意欲的に取り組みました。結果、多くのことを学び得ることができました。今の自分があるのも、娘が全国大会で活躍できるようになったのも、その先生との出会いのあかげです。勝つためには、目標を高く持つこと。その大切さを痛感しました。 |
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私は自分の娘に小学4年生から本格的にソフトテニスを教え始めました。娘はそれまで通っていた習い事を全てやめて、学校の勉強とテニスに集中しました。家でも他でもテニスづけのようでしたが、本人のやる気と努力で5年生からは試合でほとんど負けることのない県内無敵状態になりました。そうして全国で活躍できる選手へと成長していったのです。娘は、私がテニスの監督をしていた関係で幼い頃からよく練習や試合に付き合わされていたので、自然とテニスに興味を持ちそこで何かを感じ取りながら自分なりの目標を持つようになったんだと思います。いろんな選手、多くの試合を観戦し刺激を受ける。そういった環境を作ってあげることも親として監督として大切なことだと思いますね。
私はテニス暦45年になりますが、これが絶対という指導法をまだみつけることができません。ただ言えることは、教える側と教えられる側の信頼関係を築くこと。そして目標を高く持つことです。私の目標は、これまでも、これからも教え子に日本一を取らせること!これに尽きます。 |