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幼い頃から水遊びは大好きでした。
夏になると近くの小川や日本一の大河、あの信濃川が格好の遊び場となっていましたから。上級生が先生になってよく、泳ぎの練習をしたものです。今ではちょっと考えられないかもしれませんが…。
本格的に水泳を始めたのは高校時代。当時、集団就職で東京へ行き、昼間働きながら夜、定時制の高校へ通っていました。授業が終わると水泳部の練習が始まります。練習は厳しかったですよ。でも、泳ぐことが好きでしたから。自由形では常にトップクラスをキープしてました。そして、還暦を過ぎた現在、三条市民体育祭の水泳競技で、一般男子50m自由形、40才代の部で30秒72、50才代の部で32秒25。私の出した記録は、まだ破られていません。今思えばそれもきっと、あの激流の信濃川での特訓があったからでしょうか(笑)。 |
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1973年、三条市民プール開設当初に三条市水泳協会に入会。選手としてだけでなく、76年からは協会の副会長、また新潟県水泳協会の理事として、長期に渡り水泳競技に携わってきました。しかし、職場の定年退職をきっかけに昨年の暮れ水泳に関わる役職も後輩に譲ることにしました。
2001年に三条市体育協会からいただいた体育功労者章は、これまで水泳を続けてきた私にとって本当に名誉なことであり、自分自身への励みにもなりました。 |
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水泳は私のライフワーク。今も週に1〜2回は泳いでいるし、昨年からはボランティアで知的障害者の水泳指導も始めました。月2回、第2、4の土曜日。養護学校の先生たちと一緒になって遊びながら水の楽しさを体験させます。就学前の子どもたちから大人まで20人くらいいるかな。プールに入っていると開放感があるでしょう。みんな同じことをしているから安心して遊べるんです。手をつないで歩くことやボール投げ、ビート板を使って泳ぐ練習など。みんな生き生きとして楽しそうですよ。
水泳協会の役員を辞めた今後は、これまでとは少し違った形になるかもしれませんが、それでもずっと水泳とは関わっていきたい。
そのためにはまず自分自身の健康維持が大切でしょ。泳ぐために毎日5キロ歩いて体力維持に努めているし、それにもうすぐ春。趣味と体力作りを兼ねて「さぁ、山登りに出かけるとしようか。」 |