代々伝わる郷士の
伝統を守っていきたい。

人&人リレー Vol.05 2001年12月8日号




 


須藤 成二

Seiji Sudo (61才) A型  三条市生

●六角巻凧製造元須藤凧屋
TEL.0256-33-0616

六角巻凧発祥の地、三条市で代々続く凧屋の五代目。
三条凧合戦の凧を一手に引きうけ地元の伝統文化を支えている。
日本の凧の会会員で全国各地で開催される凧合戦にも参加しながら六角巻凧のPRにも努めている。




三条凧合戦
六月の大空に繰り広げられる空中戦。三条凧合戦。(さんじょういかがっせん)
三条では、凧(たこ)合戦のことをイカ合戦と呼ぶんです。
第二次世界大戦までは凧のことを全て「イカ」と呼んでいたようです。「タコ」と呼ばれるようになったのは戦後のこと。三条ではその名残から今でも「イカ」と呼びますねぇ。
凧合戦の始まりは江戸時代。村上藩の陣屋が三条にあった頃、侍の子供たちと町人の子供たちとの間に争いごとがあり、その口惜しさから侍の子供たちの凧揚げに対抗して、町人の子供たちが空高く揚げた凧を遠くから姿を見せずに操り空中で相手の凧の糸を切り合って争ったのが始まりとされ、大人同士の合戦に発展したといわれます。
また、三条の凧は「六角巻凧」。戦国時代にはノロシのかわりに使われることもあり、持ち歩きに便利にと巻凧になったと伝えられます。



六角巻凧の
実演をする
須藤さん


小刀で竹の
バランスをとる

私は六角巻凧製造元須藤凧屋の五代目。創業は江戸時代末期です。昭和の初期頃までは、この辺りでも凧屋が13件くらいありましたが、現在では2件だけになってしまいました。時代と共に遊びの趣向も変わり、景気にも左右されます。それでも三条の伝統をなくしてはならないと代々続くこの凧屋を妻と二人三脚で守ってきました。
凧作りはほとんど手作業。大小合わせて年間2000枚ほどの凧を作ります。合戦用のほかに、民芸品店や観光みやげ店にも並ぶほか、海外へのおみやげ用や新築、出産のお祝いにとの注文も多いです。また、観光物産展では実演をしながら、ふるさとの逸品として六角巻凧をPRします。
凧でまず目を引くのが絵柄。ほとんどが武者絵、浮世絵、歌舞伎役者の絵です。
絵は親から手ほどきを受けたわけではなく、職人ですからねぇ おやじの技法を見て、まねて自分のものにするんです。飾り用には絵柄が重視されますが、凧はやっぱり高く揚がってくれないと・・・。
六角巻凧の作りはいたってシンプル。横骨2本と中骨1本に和紙を張り合わせ、糸を通してあるだけ。しかし、この骨組みが出来上がるまでには実は多くの過程があるのです。
まず骨となる竹の選別から始まります。炭火で竹を炙り曲がっている所を直して寸法を計ります。そしてバランスを見ながら小刀で削っていく。そのあと竹虫の駆除のため消毒して乾燥させる。和紙を継ぎ六角形にして骨組みをする。竹の強弱を見て中骨と横骨が直角に交わるように組んでしっかり縛る。こうして凧の形が出来上がると絵柄入れの作業に入ります。合戦用には30枚ド(畳2枚半)以上の凧が使われます。その大きさの凧を150枚程も作るのですから私一人ではとても・・・。この時期になると息子夫婦も入れて家族総出で作業に当たります。



自宅アトリエに
飾ってある凧

若い頃からカメラが好きで、特に凧に関することはよく写真に収めておくんですよ。凧作りの参考にもなりますから。
また、時間がある時は、全国各地で開催される凧合戦に「六角巻凧」を持って出かけます。すると、凧好き仲間がまた三条の合戦の時には来てくれて各地の珍しい凧を揚げて大会に華を添えてくれるんです。凧を通していい交流ができます。
うちには各地から集めた凧が飾ってあるんですが、それを見ながら凧談義に花を咲かせることもしばしば・・・。これもまた楽しいひととき。
悩みのたねは息子に、いつこの仕事を手渡すか。当分できそうもない・・・かな(笑)。





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